エストニアで(ウルトラライト)ハイキング-Ultralight Hiking in Estonia

Aegviiduからの最初の道標。ここには74kmと書いてあるのだが。。。

数年前からやってみたいと思っていたOandu-Ikla(約375km)のセクションハイク(Aegviidu-Oandu:約86km)を2017年8月3−5日にかけて2泊3日で敢行した。日本のハイカー/登山者にもエストニアのトレイル文化(そんなものがあるかどうかはわからないが)を紹介しようと以下に記録を残した。質問等があればコメント欄にお願いします。

概要

Oandu-Aegviidu-Ikla間のトレイルは既存のトレイルを繋いで数年前に完成したエストニアで初の正式な長距離ハイキングルートである。1)余談だがエストニア人はネーミングセンスが余りなく、このルートにもぱっとした名前がついていない、というか両端と中の地名をハイフンで繋いだだけである。 エストニアの国有森林管理センター(RMK:Riigimetsa Majandamise Keskus)という公的な機関が管理しており、同局によるハイカー専用のウェブサイトで詳細な情報が閲覧できる(英語、ロシア語、エストニア語の3ヶ国語)。要約すると、首都タリンの西方にあるLahemaa国立公園の北海岸近くから始まり、途中でKõrvemaa景観保全地とSoomaa国立公園を通過し、最後にラトビア国境の西海岸で終わる、国を南南西に縦断するトレイルである。エストニアの国土面積は九州のそれとほぼ同じくらいなので、九州を横断するようなイメージではないだろうか(ただし国が平坦なので登山というほどの登り下りはない)。2)もう一つPeraküla-Aegviidu-Ähijärveトレイルがあり、こちらは2015年に完成した820km。北西の海岸から始まり南東のロシア国境近くを通ってラトビア国境近くまで続く。Aegviiduから南に30kmくらいはOandu-Iklaトレイルと被っており、ちょうど二つのトレイルがバッテンの様に交差している。

普通はタリンからバスでOanduの近くの村Altjaまで行って、そこから出発することを想定しているようであるが、私は車で拾ってもらう都合で、タリンから電車でAegviiduまで行き、そこから北上した。以下の行程を見ると分かるようにかなり無理をしたために最終日には左足が腓骨筋腱炎になってしまった3)後日医者に診てもらい確定。腱が切れたりはしていなかったが二つの腱が近づいている場所が炎症を起こしており、体が痺れるほど痛いコルチゾン注射をして頂いた。が、健脚なら二週間くらい一日7−8時間歩き続ければスルーハイクできるだろう。夏は日照時間も長いので問題ない。のんびり観光しながら行くなら三週間はいるだろう。

一日目:Aegviidu自然センターからPauk湖テント場(21.9km/6h=平均速度3.6km/h)

バルト駅の新市場のBio MarketではKarlova Coffeeが売っている。何故かエスプレッソマシンのみなのでアメリカンを買って飲んだ。

Aegviiduの自然センター。動物の皮に触ったり出来る。ここでハイカーズパスポートを購入した。

タリンのバルト駅から電車で40-50分で終着のAegviidu駅に到着する。新しくなった駅市場で買ったラズベリーをつまみコーヒーを飲みながら寛いだ。駅を出て南にすぐ自然センターがある。ここでハイカーズパスポートというものを10ユーロで買った。これにはID番号がついていて、SMSを送ってactivateさせて、経由地点の番号をSMSで送るとポイントが溜まり、そのポイントを使ってRMKの自然センターでコーヒーが飲めたり、洗濯ができたりするという仕組みだ。どれほど利用者がいるのかわからないが、RMKをサポートするという意味も込めて購入したら、ワッペンがもらえた。

ハイカーズパスポートとワッペン。自然センターのハンコは10点と多め。切手風のシールもそれぞれ違う。

今回の行路はセクションⅠとセクションⅡで、表と裏に両方が収まっている5万分の1の地図も買った。縮尺は大きすぎる4)フィンランドのハイキング地図もこの縮尺らしくもしかしたらこれが標準なのかもしれない。が、トレイルはマークされており、道標もほぼ一キロおきにあるので、2,3回道を間違えるくらいで問題なかった。

Aegviiduにある最初の道標にはOanduまで74kmと書いてあり、ウェブサイトを見ると78kmであり、地図の区間を合計すると86kmくらいになる。歩いた時間からすると地図の区間が一番正確だろう。厳しい日程になったのはこの78kmというのを参考に計画を立てたせいである。

最初は村からだんだん森に入っていく林道が続く。6kmくらい行ったところで小さい湿原の上を行く木道に出る。そのあたりまではKõrvemaaのクロスカントリースキーコースと被っているようで、その看板が結構紛らわしい。2年前の春に家族で来てこの辺を滑ったなどと考えながら歩く。湿原から暫く行くとお花畑の草原になり視界が開ける。ここは昔ソ連軍の訓練場だったらしい。自然道であるが歴史の道でもある。この辺は昔妻とその大学のサークル仲間と一度歩いたことがあり、当時の記憶が蘇り、自分の短い歴史にも思いを馳せる。

この日は晴天

ミニ湿地

ソ連軍の元訓練用地の丘に咲く花

 

その後は上り下りが少しあり、Jussiという名前の湖群が出現し、最後のJussi Väin湖沿いに最初のキャンプ地がある。

林道。地面を削ってあるので道沿いのベリーが摘みやすい。車は殆ど通らない。

Jussiという名前の湖が4つほどある。

なんとここの手前で昔クライミング仲間だった友達とその彼女(と犬)に偶然出会い、「エストニアでは街だけじゃなくて森の中でも誰かしら知り合いに会うんだね」と冗談を言って別れる。

森の中で友達に出会う。

キャンプサイトではエストニアの複数家族連れグループが英語で話しかけてきて、日本人だということで珍しがられ色々と尋問を受ける。話を適当に切り上げるために湖でひと泳ぎする(水温はこの夏泳いだ海、湖の中で一番温かかった。20度以上あったのではないだろうか)。泳いでいる間にも日本人がいるぞみたいな話をしているのが湖の中程からよく聞こえたが、水から上がるとそのグループはもういなくなっていた。キャンプではなく泳ぎに来ていたのだろう。他にいたグループはこれもエストニア人のお父さんと4歳くらいの娘。MSRのハバハバかなとか人のテントをチェック。空いているのでここでキャンプしたかったが、もう少し歩かないといけないので出発。4km弱歩くと次のPauk湖テント場に着いた。ここは大きいテント場で、火を焚くところも3つか4つほどあるが、どこも埋まっており、しかもメインの湖畔にはテントが4つ、テーブルにはビールが山積みになっていたのでその家族のグループを避けて小さな出島風の湖畔に一人でタープを張った。5)エストニア人はテント場一つにつき一グループというのを理想としているようだが、日本人的な感覚からすると贅沢な話である。薪もRMKが用意した無料のものが積んである。 アルコールストーブでお湯を沸かしてインスタントクスクスを食べる。フィンランドでは見かけたことのないドイツ製のインスタントカップラーメン風だったがスパイスが効いていて非常に美味く感じた。余ったお湯で粉のトマトスープを作り、大豆ミートをおかずにして生ぬるい缶のIPAを飲んだらそれなりに幸せな気分になった。幸せな気分になったついでに、小さい焚き火台で遊ぼうと思ってその辺の小枝を集めて燃やす。煙で蚊を追い払おうとしたがあまり効果は無かった。調子に乗って枝を大きくしていったら地面の松葉に延焼しはじめたので慌てて水をかけて消す。6)正式には焚き火は指定地以外では禁止なのでやるなら必ず焚き火台と下にアルミを敷いてやってほしい。 蚊帳に入って寝たのは11時過ぎくらいだろうか。日が長いのでついつい夜更かしをしてしまう。静かな湖面に月が映っていた。

幕営地から。月はもう少し大きく見えた。

二日目:Pauk湖テント場からKuueristi休憩所(48.4km/12h=平均速度4km/h)

朝4時半くらいに雨で目が覚める。適当な場所に適当にタープを張ったので、蚊帳の中に雨が入ってきていた。風邪も強くなりDDタープの付属の細いガイラインが切れてしまった。寝付けないので雨の中撤収して7時前には歩き出す。3m*3mのタープが雨で濡れてかなり重くなってしまった。このテント場には湖畔の高台に新しく出来た見晴らし台があり、北の方に広がるKõnnu Suursooという大きな湿原が一望できる。これから歩く木道もなんとなく見える。天気はあまり良くないが、数年前に一度妻と米国から遊びに来ていた親戚夫婦と来ているので、その時のことなどを思い出しながら雨の湿原も悪くないなどと考えながら歩く。

Pauk湖テント場脇の見晴台から北を臨む。左の方に見える湿地を木道が通っている。

隣接するJärvi Pärn湖キャンプ場とJärvi Pikk湖キャンプ場を通過したところで、ハイキングルートが変更になったという看板に気がついた。その通り行こうとビルベリーをつまみながら林道をひたすら歩いてサンクトペテルブルグ道路(タリンからナルヴァまで東西に続く主要道)に出ると、規定のルートに戻るためにはこの高速道路の脇を4kmも歩かないといけないと気づく。時速120kmの車の横を一時間歩くのは耐えられないと思い、指定ルートを外れてアスファルトの小さい林道を北西に歩く。アスファルトは味気ないが、雨が降ってカタツムリが車に轢かれに出てきているのを見ながら、道沿いの野いちごを食べた。野いちごはアスファルト道沿いに多いような気がするのは気のせいだろうかなどと考えながら。Viru湿原とそこにある見晴らし台を飛ばしたのが残念だ。Kameojaキャンプ場まで歩き昼食休憩後すぐ出発する。トルティーヤに余りのソイミートを挟んだだけのサンドイッチ。ここからは川沿いの森の中の道が続く。

 

予想外のルート変更

ベリーが多かった。

サンクトペテルブルグ道路。ロシア側からくるトラック。道路の真ん中で写真を撮ろうかと思ったがやめた。

コウノトリ。エストニアでは人工物の上に巣を作っているのがよく見られる。

農場脇を歩く。ハエの大群に襲われて困った。

雨上がりの松林

集落を抜けてVasaristi salaojaとVasaristi jugaという滝のようなものを見て川沿いを歩きつづける。エストニアの滝は高低差も水量も余りなくちょっとしょぼいのだが、ルート自体は下の方にある川を見下ろしながら歩けるようになっていてなかなか楽しい。一ヶ月前に家族と友人の家族と一緒に歩いた道なので、迷わずすいすい進めた。ビルベリーときのこ(カンタレラ等)が取れるきれいな松林である。次のテント場はNõmmeveskiという小さいダムの近くにあり、屋根付きのシェルターが二つあったり、ターザン風に川に飛び込むための紐が木からぶら下がっていたりと、けっこう充実した所である。ここで土砂降りの雨を凌いだが、靴と靴下はぐっしょり濡れていて乾きそうにない。夜雨が降ることが分かっていたのでここで泊まりたかったが、次の日がきつくなるのでもう少し歩くことにする。ここでOandu方面から来て装備を乾かしているアメリカ人の女の子二人に会った。SFの国際会議がヘルシンキであるので、その前にエストニアでハイキングをすることにしたのだそうだ。ヘルシンキに行くならフィンランドのNuukusio国立公園でも歩けばいいのにとも思ったが、インターネットで色々調べたと言っているので、これはRMKの魅力的なサイトが成功した例なのかもしれない。似たような自然でも、ハイキングトレイルを作り、名付け、サイトを充実させることで人が来る。まあ自分もそれでここを歩いているのだが。

愛想のあまりよくない方の女の子とフィルターと靴が同じだったので、おっと思ったが、私が仕入れるギア情報は日本語のも含めてかなり米国寄りなので、それほど驚きではないのかもしれない。ここから川沿いー森ー農場ー集落(石器時代の遺跡が残っている)ー森、の長いルートを歩いて8時前にやっとKuueristi休憩所に着く。ここは正式なキャンプ場ではないのだが、屋根付きの長いベンチがあるのでそこに蚊帳を吊って寝ることにする(正式にはテント場でしかテントは張れないのだが、蚊帳を吊って休憩しているだけという言い訳で)。お湯を沸かして袋のラーメンを食べて歯を磨き明日の行程から起床時間を逆算していると、12時間歩き続けた疲れが出て10時過ぎには寝入った。しかしここは名前の通り6つの林道が交わる交差点であり、何となくブルースとかモジョとかのことを思い出し悪魔が出るかと思ったが、実際に出たのは飼い犬を探している夫婦、走り屋風のBMWの改造車、マウンテンバイクのグループぐらいで、他にも色んなものが通ったのかもしれないが、熟睡したので知る由もない。

六ツ又交差点休憩所。休憩ということにして蚊帳を吊って寝た。

三日目 :Kuueristi休憩所からOandu自然センター(15.7km/4h=平均速度4km/h)

6時にセットした目覚ましにまったく気づかず7時半近くまで寝過ごす。時間がないと焦って15分くらいで撤収して朝食のシリアルバーをかじりながら出発する。靴下は替えがあったが、靴に足を入れると一瞬で濡れてしまった。この日はOanduまでに加えて、そこから更に3kmほど林道を歩きAltjaという村のバス停まで歩き1時発のタリン行きのバスに乗らないと帰れないのでスタスタと歩く。昨晩の熟睡のおかげで力が湧いてきてかなり早足で進むが、途中で左足の外側の踝の下のあたりが突然痛みだした。Võsuテント場までひたすら森の中を歩く。テント場の川で水を補給して残りの9.2kmを気合で歩く。この区間はOanduからのルートの最初の区間で、RMKも気合を入れているのかエストニア語と英語で興味深い情報が書かれた看板が10枚以上見られた。それらを逆の順番で読みながら歩く。海岸線だった昔の砂丘の上の細い道が非常に気持ちよかった。おそらく氷河が解けた後に重みが取れて地面が隆起したのと、解けた水が引いて行ったので海岸線が前に出たのではないかと思われるが、看板をちゃんと読んでいないので定かではない。

最後の9キロのどこか

 

ビルベリーをつまんで元気を出しながら歩いてようやくOanduに到着。自然センターは周りに色々な昔風の小屋などがある複合施設のようで、ドイツやラトビアからのキャンプ客がちらほら見られた。川を堰き止めた湖があり、そこで泳ぎたかったが、キャンプ場の方まで行く時間がないのでパスポートにハンコを押してもらってコーヒーを飲み、Altjaに向けて出発する。これも森の中の歩道があるのだが、足がだめならヒッチハイクもできるアスファルトの最短距離の林道を歩いた。何とか12時30分くらいにはバス停を確認し、少し歩いてバルト海を望み、ここでも泳ぎたいと思ったが我慢して引き返しバス停で靴下を脱いで待ち、時間通り1時始発のバスに一人乗り込んだ。靴を脱ぐと自分の体温で靴下が乾き始めると同時に臭いがし始めたので、濡れた靴に足を入れ直し、海岸の村々を車窓から眺めてバス観光をしながら帰路に着いた。

出口(入り口)でセルフィー

Oandu自然センターの一角。国有林の看板が大集合。

Altja村からバルト海が少し見えた。

まとめ

景色が良いところだけ数キロ歩くということはちょくちょくやっておりそれほど新しい風景に出会ったという訳ではなかったが、それらを繋げて一気に歩けたのは面白かった。また、道すがら常に自然史と歴史を想起させるものがあり、氷河期、石器時代、帝政ロシア、ソ連時代、と様々な時間のスケールに思いを馳せることが出来た。また一人で一日中ひたすら歩いていると、昔のことが走馬灯よりちょっとゆっくりな感じで頭に浮かんでは消えるので、一人で歩くのも退屈ではなかった。というか退屈がこういう風に脳を機能させるのだろう。次は一週間くらいかけてもう少し歩いてみたい。

最後にエストニアのハイキング文化だが、日本やアメリカと一番違うのはトレイルが官製であるということだろう。これは良いとか悪いとか言う話ではなく、おそらく国の大きさによるものではないかと思われる。国が小さい(九州くらいで人口は130万人)ということは、こういうトレイルは外国人に来てもらう観光資源として意識されているということで、ロングトレイル文化に詳しい役人が外国人ハイカーを呼び込むために仕掛けたということは大いにありそうである。また役所と人々との距離感も日本やアメリカよりは小さいので、特に官製だから悪いというイメージも無く、国の機関がやっているので日本のようにトレイルが市町村を跨ぐと色々と行政上の問題が生じるということもない。一般人にも、税金を使っていいことをしているくらいに見られているのではないだろうか(もちろん税金の無駄遣いという批判はどこにでもあるのだろうが)。

そもそもエストニアでは森は木の実や茸を取りに行く誰にでも身近な場所なので、草の根でロングトレイルを整備するという様な方向には向かいにくいのだろう。またアウトドア好きはハイキングより、ボルダリング、カヌー、ウインドサーフィン、オリエンテーリング等のもう少しひねりの効いた活動をする傾向にあるのかもしれない。しかし日本人を含め外国人にはエストニアの森や海岸はそれなりにエキゾチックなので、皆さん是非歩いて見て下さい。

反省点

  • 3日で22時間はやはり歩き過ぎだったのかもしれない。腓骨筋腱炎はまた再発するかもしれない。歳を取って無謀なことはするものではない。あるいは歩き方が悪かったのかもしれない。荷物が軽くて道も比較的平坦なので、チャリ通で鍛えた心肺機能は問題なくどんどん歩けるというのが裏目に出たとも言える。
  • 幕営地にももう少し気をつけるべきだった。どうせ森の中だからと雨風を侮ってはいけない。
  • 何も考えずに普段着用のペラペラ靴下を3足持っていったのだが、ハイキング用のウール混合のもう少し厚手のものにすべきだった。濡れていたのでどちらにしろマメは出来ていたかもしれないが臭い対策にはなっただろう。

主な装備リスト(出かける前に体重計で計ったらベースウェイトは4kgくらい、水と食料を入れて6kgだった。)Lighterpack.comのリンクをシェアする。

  • ザック:ハイカーズデポで土屋氏にすすめてもらって買ったTrail BumのSteady。約40L(50Lまで拡張可能)で373g。軽くて快適。値段も高くなく良い買い物をした。脇のポケットはちょっと浅くてKlean kanteenの800mlが滑り落ちてしまう事があるのだが、750mlのペットボトルでは問題が無かった。リュックを背負ったまま物が出せるのでこの浅さがちょうどいいのかもしれない。ペラペラなので収納に場所を取らないのも良い。
  • マット:Z-liteの黃・銀。二つに切って、長い方を背面パッドに、短い方をリュックの上に固定して座布団代わりに使った。Expedの膨らますやつも持っているが軽くないし面倒なので家族で行く時以外はこれで良い。山と道のマットも欲しいが我慢。
  • タープ:DD Ultralight。という割には結構重くてペグなしで470gくらい。3m*2.9mのサイズは大きくて良いのだが、シルナイロンでないので濡れると重くなり困った。もう少し軽くて小さく、そして水切れのいいものが欲しい。freelightのswing tarpが最有力候補。
  • 蚊帳:seatosummitの二人用nano。より軽い一人用で沢山だと思うが、二人で使うこともあるし、フレームのお陰で頭の辺りが広々しているのでこれで満足している。
  • グラウンドシート:20年もののライペンエアライズ3専用シート。濡れて困った。グラウンドシートは切って開いた黒いゴミ袋か、なしで良いかもしれない。
  • 寝袋:Mont-bell alpine down hugger#3。夏だしここまで暖かくなくてもいいけれども、6月に気温が3度くらいになることもあるので、これ一つで良い。普通のダウンハガーほどではないが、結構チャックが下まで開くので、蒲団っぽくも使えて便利。
  • クッカー:ベルモントの500mlクッカーとevernewの400mlカップ。水はペットボトルから直飲みでコーヒーは飲まなかったので後者は無くても良かったが、歯を磨く時にコップがあると便利なのが分かった。前者のベルモントはevernewの600mlの半額だが、何となく表面の仕上げがマットっぽくて好きになれない。evernewは家族キャンプ用に900と1300も持っているのでいっその事600mlも買おうか。蓋はアルミ箔。とおもったら570というのが発売されていて思わずポチってしまった。
  • ストーブ:①evernewのチタンアルコールストーブ。アルミ缶で自作もしたが工作が下手なので諦めた。風防はアルミ箔製自作。その辺のガソリンスタンドで買ったBBQ焚き付け用のアルコールを60mlのコンタクト液の容器に入れて持っていったのだが、その液がネバネバしていて上手く付かなかった。燃えカスも残ったのでこのネバネバしたアルコールは失敗だった。②焚き火用のfirebox nano gen2はステンレス製なので重いが、今回の様に他の焚き火施設が使えない場合は重宝する。これで湯沸かしもできるが、その辺に落ちている枝が濡れている場合はRMK提供の薪小屋から小さいものを集めてくるしかないだろう。
  • フィルター:皆が使ってるSawyer mini。エストニアでは湖、川等水場が多いので付属の小さい袋のタンクと750mlのペットボトルがあれば十分だった。しかしいつものことながらこの付属の袋に湖の水を入れるのには苦労する。
  • 帽子:綿100%のバケツ型。後半しっとりと濡れていた。化繊のベースボールキャップにしたほうが良いかもしれない。
  • 雨具:安売りで買ったMountain Hardwareのジャケット。この値段ではこんなものだろう。重い。どしゃぶりでは尻の周りが濡れ、ズボンを伝ってそれが靴に入ってくるので、腰回りまでカバーするポンチョっぽいものが欲しくなった。靴はどうせ濡れるだろうけど少なくとも股間は保護できるかもしれない。
  • フリース:ArcteryxのFortresフーディ。何年も使っていて焚き火の穴もあるが着心地がいいので使い続けている。ぴったりめのフーディは寝る時かぶると寝袋も汚れないし暖かくて良い。Black Diamondの似たようなフリースを持っているがハイキングには左右のポケットもあるFortresが便利。同じ理由でプルオーバーのR1も欲しいけど買っていない。
  • Tシャツ:Mons Royaleのウール製。ちょっとぶかぶかだが下着っぽくないので一枚でも着られる。着替えはなくてずっとこれを着ていた。
  • アロハシャツ:パタゴニアの化繊のアロハ。無くても良かったが一日目の強い日差しから首を守ってくれた。
  • パンツ:Icebreakerのウール化繊混合ブリーフ。これも一枚で着替えなし。
  • ズボン:去年京都の山食音で買った山と道の5ポケット長ズボン。ちょっとシャリシャリしていて肌触りが良くないのが難点だが軽く水切れがいい。土砂降りの後でも本当にすぐ乾くことが判明した。穿き心地の良いカットとよく考えられたポケットがいい。iphone用の右ポケットにはhuawei p9が何とか入る。ちなみに昭文社の地図が入る左ポケットにはRMKの地図も収まる。来年は色違いで半ズボンも買おうかと思うが、エストニアでは蚊とダニ対策に長ズボンが無難だろう。草むらではダニ対策として、いい具合にすぼまったこのズボンの裾を、靴下の中に入れている。7)エストニアにいるダニは脳炎ライム病を媒介する可能性があるので注意が必要。私は夏の始めに脳炎対策に予防接種をした。ライム病には効かないので、毎日ダニが体に付着していないか股間、脇の下、膝裏等をチェックする。明るい色のズボンだと見やすい。
  • :Altra Lone Peak 3.0女性用ローカット。フィンランドの男性用の靴は大きすぎてサイズがなく、水色・茶色・ピンクのチョコミント風の可愛いやつになった。これでプチ女性装を楽しんでいる。快適だが濡れると中々乾かない事が判明した。ちなみにアメリカ人のSF女性が履いていたのはOlympus2.5。クッションが良いらしい。私もこれを履いていたら故障が無かったのだろうか。

References   [ + ]

1. 余談だがエストニア人はネーミングセンスが余りなく、このルートにもぱっとした名前がついていない、というか両端と中の地名をハイフンで繋いだだけである。
2. もう一つPeraküla-Aegviidu-Ähijärveトレイルがあり、こちらは2015年に完成した820km。北西の海岸から始まり南東のロシア国境近くを通ってラトビア国境近くまで続く。Aegviiduから南に30kmくらいはOandu-Iklaトレイルと被っており、ちょうど二つのトレイルがバッテンの様に交差している。
3. 後日医者に診てもらい確定。腱が切れたりはしていなかったが二つの腱が近づいている場所が炎症を起こしており、体が痺れるほど痛いコルチゾン注射をして頂いた。
4. フィンランドのハイキング地図もこの縮尺らしくもしかしたらこれが標準なのかもしれない。
5. エストニア人はテント場一つにつき一グループというのを理想としているようだが、日本人的な感覚からすると贅沢な話である。薪もRMKが用意した無料のものが積んである。
6. 正式には焚き火は指定地以外では禁止なのでやるなら必ず焚き火台と下にアルミを敷いてやってほしい。
7. エストニアにいるダニは脳炎ライム病を媒介する可能性があるので注意が必要。私は夏の始めに脳炎対策に予防接種をした。ライム病には効かないので、毎日ダニが体に付着していないか股間、脇の下、膝裏等をチェックする。明るい色のズボンだと見やすい。

A new job

I am still in the same department of the same university, but I am thrilled to announce that today I officially start working on a project called “Model-building Across Disciplinary Boundaries: Economics, Ecology, and Psychology” (2016-2021) as Academy Research Fellow, funded by the Academy of Finland. The main collaborator is my former neighbor Miles MacLeod (Twente), who used to inhale the same smell of experimental cows’ manure in Viikki, Helsinki. It’s slightly dated, but here’s the rationale of the project:

This project develops a normative and practical framework for model-based interdisciplinary exchange and collaboration between economics and two of its most important neighboring disciplines, ecology and psychology. Many policy makers recognize the need to promote interdisciplinary research involving natural, social and behavioural sciences to tackle pressing environmental and economic challenges. Economics is a key discipline in this context because of its powerful influence on public policy; and yet ecologists and psychologists have long struggled to effectively interact and collaborate with economists to produce environmetally and behaviorally informed policy, respectively. Although behavioural economics is often regarded as a success case in this regard, its impact on policy making is still limited due to persisting methodological (Ross 2014) and ethical problems (Nagatsu 2015b; Sunstein 2015). Similarly, ecological economics, in particular its attempt to estimate monetary values of ecosystem services, has encountered serious conceptual and ethical objections from economists (Norton and Noonan 2007; Polasky and Segerson 2009). What makes the integration of these disciplines so difficult? For the most part interdisciplinary challenges such as this have been studied by science studies and science policy researchers who have primarily focused on institutional obstacles such as graduate training and the reward system in academia (cf. NAS 2004; NSF 2008; EURAB 2004). While there is no doubt room for fixing certain features of current scientific organization, the problem runs deeper. The lack of trust between economists and their collaborators highlighted by Haapasaari et al. (2012), for instance, is not so much an institutional problem as the manifestation of their methodological and conceptual differences, which need to be unpacked in order to understand the nature of the disciplinary barriers around economics. In general, researchers within a given discipline or research tradition are cognitively and practically constrained by their existing methods and practices, but at the same time these constraints often overlap with the very skills which enable them to effectively define and solve problems within the discipline (Marcovich and Shinn 2011). The dominant normative theory of interdisciplinarity in science policy glosses over these both constraining and enabling aspects of disciplinarity, and simply promotes “knowledge integration” that is expected “to advance fundamental understand- ing or to solve problems whose solutions are beyond the scope of a single discipline or area of research” (NAS 2004, p. 2). However, the theory tells us little about how researchers should achieve these goals while remaining effective in a disciplinary way. Refining this normative theory further—either in the abstract (Holbrook 2013) or in reference to aggregate data on research projects (Huutoniemi et al. 2010)—does not help us to address such difficulties researchers face in interdisciplinary research. What is needed is thus to look closely at how researchers in inter- disciplinary contexts manage (or fail to manage) to build a functional collaborative framework out of their existing methodological and conceptual resources, while maintaining and sometimes increasing their effectiveness developed through disciplinarity.

The project builds on the work of those philosophers who have investigated social epistemological and cognitive dimensions of the challenges of interdisciplinarity (e.g. Mattila 2005; Andersen 2010; Andersen and Wagenknecht 2013; Nersessian 2006; Grüne-Yanoff 2011; Rice and Smart 2011). As these philosophers recognize, both dimensions figure in an effort to link and coordinate models across disciplinary boundaries. Why is it challenging to achieve these tasks with economic mod- els? How do economists and collaborators negotiate these tasks? And what do their strategies tell us about the conditions or criteria for successful practices of interdisciplinary research in general? These are the motivating questions of the project.

New course “Understanding Economic Models” with Emrah Aydinonat

This fall (2016) I will teach this course with Emrah Aydinonat. We are also teaching part of “Economic Thought and Methodology” at Tallinn University of Technology (TUT), Department of Finance and Economics (DFE) funded by NordPlus Higher Education. This is a small networking funding scheme that connects Finland (Michiru Nagatsu and Emrah Aydinonat at University of Helsinki), Sweden (Till Grüne-Yanoff at KTH) and Estonia (Aaro Hazak at TUT).

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